読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

パンケーキはブスの食べ物

あくまで可愛いのはパンケーキであってわたしではないのだ。

「今日の日はさようなら」

恋愛事。

四年前、叔父が脳腫瘍で死んだ。

 

40歳ちょっとだったから、転移もはやくて、ガンが見つかってから半年持たなかった。

叔父の誕生日にガンが見つかって、放射線治療や抗がん剤や、とにかくいろんな手を尽くしたけど、

最後は肥大したガンに目の神経も記憶も言葉も何もかも破壊されて、死んだ。 

 

わたしの実家と叔父がすむばあちゃんちはすぐ近くだったから、

私の両親は夜中でも早朝でも叔父のために車を動かした。

築地のがんセンターや千葉の放医研に何度も車を飛ばした。

救急車は何度も来た。

 

叔父は日に日に弱っていった。

 

動物のように唸りを上げ暴れる日もあれば、すいませんすいませんと人が変わったように謝る日もあった。誰が誰だかわからなくなっていった。何度も同じ話をした。日付がわからなくなった。時計が読めなくなった。

 

わたしは、その姿が怖くて会えなくなった。

 

リンパに転移してからは、あっという間だった。

その頃には放射線治療も抗がん剤もやめていた。

緩和ケア病棟に入った。

私の両親が世話をしていた。

モルヒネが打たれて、眠り続ける日が続いた。

 

早朝、息を引き取った。

 

葬式で久しぶりに見た叔父の顔は、穏やかだった。

 

母や祖父母があんなに泣いている姿を初めて見た。

リンパに転移したため、アゴまわりはパンパンに腫れていた。

 

 

そのすぐあと、おじいちゃんにも肺と骨にガンが見つかった。

タバコの吸い過ぎもあるけれど、86歳だったからたぶん年齢によるもの。

病院に入った。ボケたりしてないからわりと元気だった。

 

たまにお見舞いに行った。んで、ふつーに死んだ。

 

弱ってはいたけど、老いによるガンだってわかっていたから、そんなに悲しくなかった。

叔父の半年後だった。

私は高校三年生だった。

葬式は五月二十四日だった。

 

よく覚えている。

葬式でそこまで泣きはしなかったけど、やっぱりショックだったから、情緒不安定になった。

彼のところへ行って、ベッドでガンで死んだ叔父と祖父の話をしているうちに、泣いた。

そして、この人と一生を過ごして、一緒に死にたいと思った。

 

 

リストカットの傷にキスしてくれたのも、その日だった。