パンケーキはブスの食べ物

あくまで可愛いのはパンケーキであってわたしではないのだ。

教育

「先生、向いていないな」と思った。

周りからは、小学生の頃からずっと教師が向いているよと言われつづけた。

 

いまでも言われる。

「絶対教師向いているよ、いい先生になるよ」って。

「教職どうしてとらないの?」って。

「文学部だったんだ、ずっと教育学部だと思っていた」って。

 

高校までは「教職向いているからとりなさい」と言っていた両親も、

流石に大学生活を折り返した私に言ってくることはなくなった。

 

 

塾の生徒がひとり辞めることになった。

予備校に通い始めたいから、という理由だ。

私が去年の6月から担当してきた女の子だった。

 

ひきとめはしなかった。

だって、自分もやめるから。

そして、個別指導と予備校じゃ授業の内容も質も大きく違うから。

自分のあとに誰が担当するのかわからないのに、

「大丈夫」だなんて無責任な言葉かけられなかった。

 

私は、自立を支援する教育がしたい。

だから、塾に縛り付けて自立を妨げるような教育は、間違ってると思う。

私の正義。

一方で、塾だってビジネスだ。

生徒に教室へ通ってもらって、お金を落としてもらわないと、成り立たない。

室長は、私が引き止めなかったことに対して苛立った顔を見せた。

ただでさえ中3が大量に辞める時期なのに、他の学年の子まで辞めてしまってはマイナスが大きくなるから。

結局そういう生徒を金ヅルのようにしか見てないところが、ちいさいなっておもう。

どうして、生徒のためを本気で考えていないんだろう。

そうやっているから塾の生徒どんどん減っていくしクレームが増えるんじゃんね。

 

でも、数学担当の講師は「やめてほしくない」ってはっきり言った。

申し訳ないな、って感じた。

もっと数学の面白さを伝えたかった、と。

 

 

 

私は塾の講師に向いていない。

ビジネスとして割り切ることも、自分の科目にプライドを持ち、おもしろさを伝えることもできない。

だから、英語国語以外の他教科もどうやって勉強したらいいか、どれくらいの量をやったらいいのか、作文の書き方、面接の作法、そんなジェネラルなことばっかりやってきた。

理科や社会も指示を出してしまったせいで、きっと理社の授業のチャンスをつぶしたと思う。

英語を自分自身がたのしめていないから、たのしさなんて伝えられなかった。

わかりやすさだけだった。

 

卒業していった生徒は自立してくれた。

卒業してから、いい先生だったと評価された。

自分のテーマは達成できているとおもう。

でも、塾には居られない。

 

教師とは、自分自身の科目のたのしさを伝えるチカラもなくちゃいけないのだと思う。

私は、そんなチカラない。

いくら教えるのが上手でも、成績やモチベーションを上げることができても、

たのしさを教えられなかったら、意味ないんだ。

ツールやハウトゥばっかりで、自分で気づかせることにばかり専念してきた。

つまんないな。