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パンケーキはブスの食べ物

あくまで可愛いのはパンケーキであってわたしではないのだ。

やさしいとただしい


Cocco - ジュゴンの見える丘 - YouTube

 

苗字をよくまちがえられる。

岡と関を読み間違える人が本当に多い。

初対面だったら、二人に一人は読み間違える。

それが手書きのメモや細かくて小さい文字だったのならわかるのだけど

いつも読んでいる大きさのfacebookやLINEでも起こるから

え?どうして?って。

そんな風に読み間違え続けて社会で滅茶苦茶こまって苦労すればいいのにな、って腹の中で気持ちが煮える。

 

自分の優しさを押し付けて相手の間違いを指摘せず遠まわしに気づかせるのか。

それとも、正しさを優先させて読み間違えていますよと指摘するのか。

 

両親は間違えられても、指摘するときとしないときがあった。

病院やホテルのフロントじゃ全然指摘しない。

その瞬間だけ苗字が違う人になる。

点呼で呼び間違えられても返事をする。空気を読む。

流石に免許提示や光熱費引き落としみたいなあとあと困ることは指摘するけど。

 

昔、伊豆へ家族旅行したときにフロントマンに苗字を間違えられて

幼かったわたしが「ちがうひとのなまえだよ」って言ったんだけど、

いいんだよ、って父親が止めた。

 

相手の中のただしいを守ったのだ。

そして、自分の中のやさしいも守った。

 

 

結婚したい理由はここにもある。

苗字を読み間違えられるたびに、自分を否定されたような気持ちになる。

わたしのなかのただしいとやさしいが今日もゆらいでいる。