パンケーキはブスの食べ物

あくまで可愛いのはパンケーキであってわたしではないのだ。

「レギュラー放送が充実していなければ特番は輝かない」

 

3年前の嵐にしやがれがきっかけとなっていた、三谷監督の二宮和也抜擢。

そのうえ、脇役。

誰が予想していたのだろう。本人さえもきっと予想できなかったはず。

 

大奥、GANTZプラチナデータ、ここ最近はずっと「主演」だった男が、助演。

弱くても勝てますだって、主演。

へっぽこ球児の間で(身長的に埋もれながら)存在感があった。

むしろ、新鮮。

「演じるときに心がけてるのは目立たないことです」と、いつだったか二宮さんがコメントしていた。

主演ではなかった硫黄島からの手紙でさえあれだけの目立ち方をしていたひとなら、きっと今回も目立つにちがいない。

どんな脇役っぷりなんでしょうか。

 

 

レギュラー放送が思わぬ展開につながることがある。

しやがれに出てきた三谷監督にその場で演技をさせられて、それが三谷監督の中でのオーディションになっていた。

 

特番だったらもっと念入りに段取りが組まれ、あるいは24時間テレビのように生放送されただろう。

「普段とは違う嵐」を意識しておこなわれ、きっとそんな風にはならなかっただろう。

その場限りの「特別」を提供するのが特番の役割。

 

レギュラー放送は違う。収録して、編集して、毎週毎週放送される。

時にはグダグダわちゃわちゃとしょうもないことをするし、高尾山にロケを行くかもしれないし、10万円分の服を着るかもしれないし、嫌われるかもしれないし、昨日のしやがれみたいに一流ラーメン屋のスープとスープを混ぜて大バッシングを受けるかもしれない。

我々視聴者は、「レギュラー放送だから」という前提のもと、「面白かった」「面白くなかった」とコメントをする。

当たり前となっている土曜日22時の日テレ。

もし、嵐にしやがれが特番だったなら、もっとありがみを感じてテレビを見るだろう。

嵐さんはいつか、「レギュラー放送こそ大事にしていかなければならない」「今あることを当たり前だと思わず取り組まなければならない」と言った。

それが、映画だったり、タイアップだったりにつながっていく。

 

 

きっと、嵐さんに限ったことじゃない。

なんだってそうだ。

まずは目の前にある毎日の暮らしを大切に生きること。

出会いや笑顔を大切にすること。

そして、仕事でも遊びでも楽しみながら手抜きをしないこと。

充実した現実を積み重ねていくことで、充実した未来につながるのだと思う。

 

レギュラー放送が充実してはじめて、輝きはじめる何かが見えてくる。

毎日を手抜きせず生きていくことで、人生の特番にたどり着けるのかもしれない。