パンケーキはブスの食べ物

あくまで可愛いのはパンケーキであってわたしではないのだ。

正しい生活を支える正しくないおこない

卒論をずっと書いている。

年が明けても卒論だし日付が変わっても新しい朝がきても卒論だし、私にとって夜明けは希望の朝なんかじゃない。

ラジオ体操をやれるほどワンルームは広くなかった。

夜中にひとりで泣くので精一杯の広さしかないから。

 

 

卒論。

1月13日が締め切りで、教授に提出してはガリガリに添削される。

添えられるというより、削られることしかない。

 

いままで6~8時間眠っていたのに、ここ2か月は自分のやりたいことやるべきことを詰め込みすぎるあまり3~5時間しか眠れていない。

12月、日中眠くて眠くてたまらなかったのに。

年末年始に帰省して一人暮らしに戻ってからは、日中眠くなることがなくなった。

そのかわり、作業の手を止めたり不意に1~2時間の空き時間・待ち時間ができたり、電車の移動時間になったりすると、ブッツリと意識が途切れる。

コンセントが抜かれたテレビみたいに。

そして意識を失うという表現に近い眠り方をして、急に起きる。

目覚ましをかければ目覚ましで。

電車はいつも終点までたどり着いて、揺れを感じなくなってからハッとする。

 

睡眠薬を飲んでいないときでさえ、睡眠薬を飲んだときと同じ眠り方になる。

脳が強制シャットダウンを自分でしてくれるようになりやがった。

 

食生活も食生活でひどい。

早朝7時のスターバックス、深夜3時のサイゼリア、いい加減な食事でしのぐ。

栄養ドリンクでビタミン剤を飲む。

 

 

バイト先で納品の段ボールを開けたとき、手が滑って思いっきり左手を切ってしまった。

キッチンのプレスプレートで腕を焼いてしまった。

沸いたポットから吹く水蒸気で火傷した。

 

私は痛みが感じられなくなっていた。

怪我をした事実と傷跡だけが残る。

このまま10年ぶりに自傷行為が再開するのだと思う。きっと。

 

 

自分の意識と、自分を見つめる意識がどんどん距離を取っていく。

まなざしの再考なんて、してはならない。

自分がいったい何者なのか、信じられなくなる。

外と内側の境界線をはっきりさせたくて、流れる血さえ確かめたくなる。

 

 

正しい暮らし。正しくない暮らし。

私はいま正しくない暮らしに浸かりながら、

正しい暮らしを見つめている。

 

学生のあるべき姿。論を展開できている文章が書ける学部生になりたかった。

ただ4年間が過ぎて、私は学歴を買うだけの馬鹿に育っていた。

何も気づけなかった。

何も手元に持てなかった。

 

正しくないおこないをしてばかりだった。

私とは遠い存在の誰かが全く違う正しい暮らしをしているのだとしたら、

そして正しくないおこないがあるからこそ誰かの正統性が保たれるならば

私はもうここから、馬鹿のままから動けない。