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パンケーキはブスの食べ物

あくまで可愛いのはパンケーキであってわたしではないのだ。

諦念

忘れなければ耐えられないことだってある。

 

今日、1日中考えてた。

私がとるべき行動。正しいおこない。優しいことば。

相手が幸せになるための価値尺度を持つ、そしてその価値がどこに置かれるか。

 

愛してくれている人がいるのに、私はそれを煙たがっている。

相手の言葉ひとつひとつに傷つく。sensitiveに反応して、疲れる。

相手の容姿がどうとか立ち振る舞いがどうとか、細かく細かく考えてしまう。そして、そのうちのいくらかを言語化して相手に伝えてもみる。

これは、間違っている。優しくも正しくもないし、私が文句を言うことでお互いに不利益が発生し幸せから遠のく。

 

他人は他人。相手が今までの経験から引きだしたその言動に、何か文句をつけるだなんて間違っている。

相手の人格や価値観を否定し、自分の価値尺度に当てはめて考えることは、間違っている。

 

「仕方ない」という諦念を持たなきゃやってられないのがオトナの世界なのだと、最近はよく思う。

相手に対して、ある程度許すこと。そして諦めること。割り切ること。

自分に対しても、同じ。思い通りにならない自分を許すこと、限界を理解して妥協すること、やりたくないことも我慢して割り切ること。

 

恋愛にもそれをうまく組み込んでいけたら、いいのかな、と思った。

二宮君のラジオを聴いて、そう思った。

 

彼はアイドルとして、たくさんの人から愛されてる。

でももちろん彼も人間だから、その中でも「このファンは気に食わない」「このファンは迷惑」なんて思うときはあるんだろうな、って想像は安易。

たとえば自分をやたらおいかけまわしてきたり、ダメって言ってるのにカメラ向けてきたりとか。迷惑だろうなあ。

それでもキラキラした顔を見せ続けるのは、アイドルが「夢を売る仕事」だからと割り切っているから。

 

「昔はもっと不器用だった。たくさん心の中に言葉を留めて我慢するのが上手になった。」

私よりもずっとずっと前から彼を見続けている女性が言った。

 

人間なのに、仕事として「みんなのことを愛しているよ」と笑顔で言う彼の気持ちは想像できない。

仕事で誰かを愛するだなんてそんなこと。

 

 

アイドルはすごい。諦念の塊みたいな存在。

わたしはたった一人に愛されることさえも上手にできない。

もっとうまく相手の愛情を受け止めることができたならどんなに幸せか。

そしてもっと相手のことを許せたら。気に食わない部分に諦めをつけられたら。そんなことができたら、どんなに幸せだろうか。

自分のキャパシティの狭さが苦しい。