パンケーキはブスの食べ物

あくまで可愛いのはパンケーキであってわたしではないのだ。

肝機能障害の診断書、メンヘラの賞状

ARASHI BLAST in miyagiの興奮冷めやらぬシルバーウィーク明け、

救急車で運ばれ入院しました。

 

金曜日朝から胃がねじ切れるように痛くて、

それでも仕事は休まず出社。

「今日頑張ればまた土日」という意識があった。

「またただの胃潰瘍急性胃炎だろう」という認識があった。

胃薬を飲んで、朝もお昼も夜もごはんを抜いて、ごまかしながら病院に行った。

処方箋で3種類薬をもらった。

 

帰宅して、38度の熱。

処方箋とそれからメンタル系の薬を合計8錠飲んで、就寝。

悪寒がすごい。

 

朝起きてもまだ38度。

だるいので水を飲みながら寝ていた。

 

お昼13時、いい加減水を飲むのに飽きてきた。

汗がすごい。

14時、もう水がのどを通らない。

吐き気がする。

14時50分、母親に電話。

なんかただの風邪じゃないことに気づく。

15時、救急車を呼ぶ。

もうここの段階でしゃべり方が幼児退行してた。

熱と頭痛にうかされて、頭もやられてた。

 

運ばれた病院で診察を受けると、

基準値の10倍以上にふくれあがった肝臓の数値を見せられた。

脱水症状も起こしている。

気持ち悪くなって水をだばだば吐いた。

胃液と混ざって若干とろみがついた水だった。透明だった。

 

とりあえず緊急入院ってことで病衣に着替えて

エコー、心電図、CTスキャン、レントゲン撮って-。

点滴打たれて病室に入った。

めっちゃ泣いた。

めっちゃ迷惑かけてるしこれからどうなるかわかんないし

治らないとか別の病気見つかったら死ぬと思った。

 

原因は、薬の飲み過ぎだった。

睡眠障害、不安障害、適応障害、病名はまあよくわかんないけど「自律神経失調症

とにかく不安になったら薬を飲む

朝起きたら薬を飲む

めまいがしたら飲む

寝る前に飲む

恒常的に飲んでいた。

量が9月にはいってからますます増えていた。

飲まなきゃ不安や苦しさでまともに仕事ができない状態だった。

眠れなかった。

 

医者からはODを疑われた。

肝臓の解毒作用が限界を迎えていることに気づかなかった。

そこへ胃腸の薬を入れたから、副作用も出たのかもしれない。

 

今までODしても平気でいたから。

自殺しようとして大量に服薬しても、生きていられたから。

薬をお酒で飲んでも、翌日なんともなかったから。

そういう変な自信もあった。

 

肝臓と脾臓が肥大して、それに伴って胆管や胃腸すべてが弱っていた。

胃に水がたまっていた。

十二指腸へ流れていかないから、吐いた。

脱水症状も起こしているから、点滴を打たれ続ける。

嘔吐してしまうから、食事もとれない。

 

弱っていた。

そんなにストレスを感じているわけじゃない、と思っていた。

実質的に1日1食で、4月から体重がどんどん落ちていた。

9月の上旬、めまいもおこしていた。血尿も出た。

それでも薬を飲めば大丈夫だと、たかをくくっていた。

 

いろんな事が、麻痺していた。

体が悲鳴をあげる、ってこういうこと。

 

 

親が来ていろいろ面倒見てくれた。

急な入院で衣類やケータイの充電器がなかったので

同期に家の鍵渡して入ってもらって、とってきてもらった。

 

お見舞いに高校の親友や大学の後輩、会社の同期など

毎日誰かが来てくれた。

差し入れはジャニーズが掲載された雑誌ばかりだった。

中には「私のチョイスで選んだ」と言って羽生結弦くんばっかり載る

フィギュアスケート日本代表男子応援ガイドブックもあった。

 

でも正直、人と関わるのがしんどい時間もあった。

病室で騒がれたくなかったし

「ネイルの色が病衣と合ってる」と言われて

傷ついたこともあったし

おまえはミヤネ屋を見るために来たのか?って思ったこともあったし

「行くね」と言われて待ち続けたのに

結局来ないからつらくなって泣きながら眠りについた夜もあった。

 

そして、LINEがひっきりなしに届く。

弱いと笑われることもあった。馬鹿にしたくて連絡してきたんならやめてって言った。

関係ないLINEも届いた。うざい。

話してない子が事情を知っていた。なんで。誰から聞いたの。

ひとりひとりに事情を説明するのに疲れることもあった。

この人にはどこまで言うべきか、その線引きが面倒くさい。

会社のメールもチェックして、LINEも返して、

「体調不良」と言ってみたりちゃんと事の始終を話したり、

とにかく話したい人にだけ話したい、と強く思った。

お見舞いになんて来てほしくないって弱く思ったりもした。

 

看護師は忙しそうにしている。

ナースコールを押せなくて、点滴が切れてしまって

血液が逆流したり差し直しを失敗されて痛い思いもした。

 

夜、何度も目覚める。

認知症の老人がうるさい。看護師が見回りに来る。悪夢。

 

入院してから3日間は、薬の離脱症状に苦しんだ。

とにかくわけもなく悲しくなる。不安に襲われて涙が出る。

うなされる。現実なのか夢なのかわからなくなる。

薬を飲んでないのに大丈夫なのか、という不安もあった。

 

眠るほどに疲れた。

はやく退院したかった。

会いたい人がいた。

 

人事も来た。

どうやら今後は外勤営業ではなくなりそうだった。

 

1週間後の金曜日、退院できることになった。

恋人が迎えに来てくれた。

荷物をまとめて、自宅へ帰る。

うれしかった。たまらなくうれしかった。

満を持しての登場だった。

長崎に旅行へ行っていたため、見舞いに来なかった。

甘えたくて、荷物を持たせた。

荷物を持たせた上で、手もつないだ。

甘ったれである。

 

まだ肝臓の数値が平常値の範囲ではないので、

実家での療養に切り替わった。

ということでくそ暇している。

藤田ニコルちゃんの動画ばかり見ている。

嵐のMステばかり見ている。

本当は、今日、土浦の花火大会に行くつもりだったのに。

 

また死ねなかった。

生きていたいと思った。

肝機能障害になった上で、薬を飲みまくっていたら、

今頃どうなっていただろう。

もっと多くのチューブにつながれ、集中治療室で弱り切っていたかもしれない。

南条あやちゃんは肝機能障害を起こしていたために、

致死量以下の服薬で死ねた。

そう。肝臓が肥大していたのである。

私の肝臓も肥大している。メンヘラとして薬を飲み続けていたから。

メンヘラとして優秀である。

このまま薬を飲み続ければ死ねる確証ができた。

 

それよりも生きていたい。

仕事も辞めたくないと思った。

恋人はずっと手をつないでいてくれた。

帰りの総武線、眠いと言ってまどろむ恋人の横顔があった。