読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

パンケーキはブスの食べ物

あくまで可愛いのはパンケーキであってわたしではないのだ。

朝の風景やカフェ、ヨガ中の自分の写真を撮って加工してアップするまでが朝活

instagramを毎日更新する、はおもいのほかしんどかった。

 

仕事の都合で毎日朝活をすることになり、そのモチベーション維持というか、証拠というか、記録というか、承認欲求を高めるためのノルマとしてinstagramの更新が設けられた。

 

本当は2月頭からちょっと早起きして白湯を飲んだりラジオ体操をしたりしていたのでinstagramなんかに投稿しなくても「朝、活動する」が達成できていたのだけどもう、一度更新し始めたら最後だ。

朝活を辞めるまでinstagramを更新することがやめられなくなる。

 

写真を撮って加工してinstagramにアップするまでがパンケーキの概念だったとしたら

朝活もそうなんだ。

そうだった。意識高い系の行動だった。

 

ただ単にラジオ体操をしているだけではおじいちゃんおばあちゃんの健康法でとどまってしまう。

「健康法」を「朝活」へ昇華するには、SNSという装備品が必須。

 

そう、思い返してみれば小学生の夏休み、ラジオ体操があった。

首からラジオ体操カードをぶらさげて、腕を振り上げて振り下ろして、横曲げの運動をして、深呼吸して、数字を数えて、PTA役員をするみずきちゃんのおかあさんへ一生懸命ハンコをねだり、2週間きちんと6時30分から地域集会所でラジオ体操をしていた。

 

21世紀になってからラジオ体操カードはSNSのアカウントに代替され、PTA役員のおかあさんが押すシャチハタ印は、「いいね!」になった。

さらにラジオ体操はヨガに代わり、集会所はフィットネスジムへ代わった。

 

20代になっても、30代になっても、結局は小学生のラジオ体操と本質が変わらないのである。たとえハンコを20個集めたって、ラジオ体操カードは夏休みの終わりとともに捨てられた。

何をモチベーションに頑張れていたのだろう。ハンコを集めても何もなかったのに。

 

そして

instagramがなくたって、「朝活」と呼べなくたって、早起きして着替えてラジオ体操をするだけで楽しかった夏休みは、どうして大人にはないんだろう。

 

加工した写真へどんなにいいね!がついても、朝活というキラキラした意識の高い行動をしていても、私の朝活カードにシャチハタ印を押してくれる友達のおかあさんはどこにもいない。

もう戻らない時間がたまらなくかなしい。

オトナの現実がひたすらに続く。

 

instagramを毎日更新するのは意外につらい。

明日は遠回りして出社します。